夕日は西に落ちて爽やかな秋の一と日も暮れかかつて参りました。風の音も全く吹き絶えて、何処かに草笛の音が哀愁をそそるように聞こえてゐます。廣野の中に行き暮れた一人の旅人は、空にちらちらと瞬く宵の明星をたよりに歩みを続けてゐましたが、あたりは段々闇の幕に閉じられて、行く手の道さへわからなくなりました。
淋しい淋しい夜の静けさであります。「今夜はまた野宿でもしなくてはならないのか」と心細くなつて佇んでゐるうちに、ふと気が付いて振り返ると、遙か東の方の山の端がほの白くなってゐます。月が昇ろうとしてゐるのです。
まん丸な月が昇るにつれて、今まで真暗であった廣野原が紫色に美しくぼかされてまゐります。「あぁ、桔梗の花だ。萩の花だ。」旅人は今のさきまでの侘しかった、沈んだ気分からよみがへつたように軽い気持ちになつて、美しい秋の夜の眺めを歓喜してゐますと、蟲の声が聞こえ始めました。そこでも、此処でも、美しい蟲の音が聞こえだしました。その色々な蟲の音が、美しい諧調を作つて、自然の音楽を織り出してゐるのを、旅人はうつとりと聴き恍れました。夜が更けて明け方近くなるまで、何時までも何時までも聴き惚れてゐました。
ーと云うのが新曲『夜遊楽』の組立てであります。

以上、初演時に作詞者により書かれたものです。唄、本手、替手、そして作曲者考案の高音三味線、と低音三味線が加わり、室内楽の様な編成を用い其々のパートの音を巧みに要り組ませた作曲がなされています。中でも高音三味線は胴の丸い高音専用の小さな三味線で、音色にも特徴があり、低音三味線と共に音域を広げ曲の表現に面白みを加えています。各パートの三味線、唄のメロディの美しさは広野原を彩るハーモニー となり秋の夜の風情を描いています。



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なんて美しい物語でしょう。本当に大好きな曲です。
私がお役をいただいた高音三味線は、
星の瞬きを表現するために作られた楽器なのでは、と個人的に思っています。
自分のイメージを最大限に表現したいと思っています。


東音坂田舞子